日本盛り場探訪記

全国の盛り場を探訪しその街の特色や居酒屋・バーなどの飲食店を紹介

【京都で安飲み 番外編01】京都中心部の風俗産業について…

盛り場には下半身産業がつきもの!?

 今エントリーから2回にわたり「番外編」ということで、風俗やラブホテルなどなど、京都中心部の「下半身関連産業」についてカンタンに触れておきたいと思います。今回は主に「京都の風俗産業の歴史」を振り返ります。

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「盛り場」とは欲望の渦巻くエリアであるからして、性欲を満たす「下半身関連産業」とは切っても切れない縁があると私は考えています。しかし、なかにはそうした事柄について不快な想いを抱く方もいらっしゃるでしょう。そうした方は、今回のエントリーはスルーしたいただくのが賢明かと存じます(飲食店の紹介もありませんので……)。

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 さてさて、京都の風俗産業の歴史を語る上で、避けては通れないのが「島原遊廓」になります。

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▲「島原遊廓」の跡地には1867年(慶應三年)に建てられた「大門(おおもん)」が残っています

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▲「島原大門」は京都市登録有形文化財になっています


 日本の公娼地(公に営業を許可された売春地帯)は、室町幕府三代将軍・足利義満が「東洞院通七条下ル」(※現在の京都駅付近)に認めたものが始まりとされています。桃山時代には豊臣秀吉の許可を得て「二条柳町」に「廓(くるわ)」が開設されたのですが、その後、江戸時代になって1602年(慶長七年)に「六条三筋(ろくじょうみすじ)」へ、さらに1641年(寛永十八年)に現在の場所へと移転を命じられ「島原遊廓」と呼ばれるようになったのでした。

 「島原遊廓」は江戸の「吉原」大坂の「新町」(※現在の心斎橋の西側あたり)と並び徳川幕府の許可を得た「公許遊廓」であり「日本三大遊廓」とも言われました。非常に格式が高かったのですが、最盛期はあまり長く続かず、さまざまな理由により祇園」「上七軒などの遊里に客を奪われ衰退していきます。そして、昭和後期にはお茶屋の組合が解散してしまったそうで、現在は住宅地となっています。

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【日本盛り場探訪記】京都で安く飲む~3日目

かつては「五花街」でも性的なサービスを…

 現在、京都には祇園甲部」「宮川町」「先斗町」「上七軒」「祇園東」という五つの花街があり、これを総称して「五花街(ごかがい)」と呼んでいます。一種の観光資源ともなっている「五花街」ですが、もちろんかつては「性的サービス」が行われていました。

 1929年(昭和四年)に上村行彰という方が著した『日本遊里史』。その巻末付録「日本全国遊廓一覧」には全国の遊廓における「娼妓(公娼)数」が記されています。「五花街」について調べてみると……

祇園甲部~娼妓数86名

・宮川町~娼妓数314名

先斗町~娼妓数33名

上七軒~娼妓数2名

祇園乙部(※現在の祇園東)~娼妓数262名

(※島原~娼妓数237名)

 となっています。余談ですが「宮川町」は江戸時代には売色衆道専業(男性が春を売る)の若衆茶屋(陰間茶屋)も非常に多かったんだとか。

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▲かつては祇園などの花街でも娼妓がいて性的サービスを行っていました

2010年まで残っていた旧赤線地帯「五条楽園」

 1956年(昭和三十一年)に制定された売春防止法の影響もあり「五花街」は「芸妓(および舞妓)」だけが在籍し「芸」を売るエリアへと変貌していきます。その一方で独自路線を貫く花街もありました。それが「七条新地」の流れを汲む「五条楽園」でした(「七条新地」が売春防止法施行後に「五条楽園」と名称を変更)。先述の「日本全国遊廓一覧」によれば「七条新地」には娼妓が988名も在籍していたそうです。

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「五条楽園」は売春防止法施行後も、大阪の飛田新地のような「ちょんの間」系裏風俗地帯として、性的なサービスを行ってきました。しかし2010年(平成二十二年)に、お茶屋置屋の統括責任者、経営者らが売春防止法違反の容疑で逮捕され、業者は一斉休業。その長い歴史を閉じたのであります。

  20世紀の末頃、私は「五条楽園」を視察したことがあります。風景写真も撮ったのですが、当時はまだデジタルカメラが普及していなかったこともあり、残念ながら手元に画像データは残っていません(※ちなみにフィルムカメラデジタルカメラの出荷数が逆転するのは2002年のこと)。

 グルグルと「五条楽園」一帯を徘徊してみたものの、結局、私は楽園で遊ぶことなくその地を後にしました。いろいろと理由はあるのですが、要するに「恐かったから」です。見知らぬ風俗店に入るのは、見知らぬ飲み屋に入るのとは比較にならないほどの度胸を必要とするんですわ。ましてや「五条楽園」は非合法の「裏風俗地帯」だったのですから、なおさらでしょう。いまにして思えば「行っときゃよかった」との後悔もあるのですが……(以下、次回に続く)。

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【日本盛り場探訪記】京都の穴場で安く飲む~1日目

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